痙攣性発声障害で苦しんでいた頃の話。特に電話や接客が辛い・・

2度目の症状、痙攣性発声障害(SD)で苦しんでいた頃の話

 

闘病記・私が苦しんだ原因不明の声が出なくなる病気闘病記・私が苦しんだ原因不明の声が出なくなる病気 ↑こちらの記事の続きです。

 

話声の症状に関しては、大学生の時(一度目)よりも二度目のほうが酷いものでした。当時私が苦痛に感じていたことをいくつか挙げていきたいと思います。

電話やお店での注文

 

「えっ、今なんて言った?」「すみません。もう一度、おっしゃっていただけますか?」と、何度も聞き返されるので、できるだけ電話は避け、注文も誰かにお願いしていました。

久しぶりに会う人

 

症状が出る前の私しか知らない人と、久しぶりに会うと、必ず「声どうしたの?」と聞かれます。

そこから始まり、「ストレス?」「何かあったの?」という展開になるのは、正直な話なかなか苦痛でした。

 

幸い、その辺のことを察してくれる家族や友人、職場の環境に囲まれていたので、最初に少し触れるだけで、後は何も無かったように接してくれたのは助かりました。

コミュニケーション全般

 

声がうまく出ないので、自然と他人との会話も減っていきました。
もともとよく喋る人間なので、かなりストレスが溜まりました。

クライアントさんに不安を与えてしまうこと

 

2度目の症状が現れた頃の私は、施術スタッフの1人として気功整体院に努めていました。

 

大学生の頃とは違いある程度社会的な責任がありましたから、いくら声が出なくても仕事から逃げることはできません。

 

それに、仕事がうまくいかないことを声のせいにするようなことはしたくなかったので、毎日コツコツと声を出すための練習をしました。

 

「のどは長方形を横にした形をイメージして広げるといいようだ。」

「首の神経を気で緩めると調子がいい。」

「半身浴を長くした後は、声が出やすいなど・・」

数百通りの実験はしたと思います。

 

自分なりに研究した結果、多少は声が出るようになってきたので、実際にクライアントさんと会話してみようと思いました。

 

なるべくコミュニケーションを取ろうといろいろと話しかけてみたんですが、まだまだ普通の声には程遠かったようで、「風邪ですか?」「何かの病気ですか?」「声どうしたんですか?」などとよく聞かれていました。

 

クライアントさんは、心配して聞いてくださっているのですが、当時は自信を失っていましたから、言葉の裏に「この先生で大丈夫かな?」と思われているのではないだろうか・・など、身勝手な被害者意識を持ったものです。

 

一番、きつかったのは、有料体験コースの施術です。

 

当時勤めていた気功整体院は1人のクライアントさんに対して、2人で施術する変わったスタイルを取っていたのですが、有料体験はスタッフ1人でクライアントさんを施術するため、誰にも会話の面のサポートをしてもらえません。

 

これがなかなか大変でした・・

 

有料体験が入っている日は、いつもより何倍も憂鬱でした。
緊張しているため身体もガチガチで、そういう時ほど喉の筋肉も締まり、さらに声が出にくくなるのです。

 

初めてのクライアントさんが席につき、私の声を聞いた時の反応はさまざまでした。

 

「不思議そうな表情をされる方」

「特に何も無かったように接していただける方」

「声大丈夫ですか?と直接聞かれる方」など。

中には、露骨に「この人で大丈夫かな・・」という不安な表情をされる方もいました。

 

そんな時は、理屈では仕方ないと分かっていても、自分の不甲斐なさが悔しくて仕方がありませんでした。

 

その後、約8ヶ月間で症状は改善しましたが、本当に運が良かったのだと思います。

 

かなり酷似していることは確かですが、病院で正式に診断された訳ではないので、今となっては1度目、2度目の症状が、発声時頸部ジストニアや痙攣性発声障害(SD)と同じ病気だったのかどうかは分かりません。

(調べてみたところ、似たような症状で、機能性発声障害、過緊張性発声障害、心因性発声障害、音声振戦症など、さまざまな症状があるようです)

 

ですから、「私が昔この病気だった」という言い方は正確ではないと思いますし、診断もされていないのに適当なことを言うな!と思われる方もいるかもしれません。

 

しかし、病名がなんであろうと、実際に酷似した症状に苦しんだことがある1人として、同じような境遇の方々に対して施術家として多少はできることがあるのではないかと思っています。

 

世の中には沢山のセラピストがいますが、実際に自分が「声が出なくなる」経験をしたことがあるセラピストはほとんどいないでしょうからね。

誰にとっても病気は辛いもの

 

こういった仕事で先生などと呼ばれていると、どうしても特別な力や強い精神力を持った人だと思われてしまう所があります。

 

そう思ってもらえるぐらいの技術や精神力を持つことは、施術家としてとても大切なことです。

 

しかし、この闘病記を読んでも分かる通り、私もみなさんと同じように症状に泣き、症状に怒り、症状に圧倒されてきた人間の1人です。

 

症状に悩んでいた時は、嗚咽を漏らして涙を流したことも、ストレスで感情が振り切れ異常な行動を取ったこともあります・・

 

夜中、突然に、自己否定の気持ちが高まり、自分が嫌で嫌で仕方がなくなったんですね。
本当に急な出来事で、発作的な感じでした。

 

おそらく、声が出ないという現実のせいで、自信を失っている自分がどんどん嫌になっていて、そういう気持ちが限界を超えてしまったんだと思います。

 

私は普段、あまり感情的にならない方なんですが、この時は、自分に対して本当に腹がたっていました。

 

「なんで、声が出ないんだ!」

「こんなに頑張っているのに、どうして治らないんだ!」

「自分が何をしたというんだ!」

そんな怒りが湧いてきました。

 

そして、そんな思いが限界に達した時、私は自分でも理解しがたい行動に出たんです。

 

なんと、発作的にトイレを掃除し始めたんです。

 

それも直に素手で・・

 

何の用具も使わず、手一つで便器をピカピカに掃除しました。

 

その時は、なぜかそうしなくてはいけない衝動に駆られ、無意識にやっていたという感じです。

未だに、あの時の行動の真意はよく分かりません。

こちらの記事からの引用

 

このように、私も含めて「病気は誰にとっても辛い」もので・・

 

それは、みんな同じなのだと思います。

 

人によって道が分かれるのは、その後の判断です。

 

覚悟を決めてその病気と向き合おうとするのか、ただ振り回されて、辛い辛いと嘆いているだけなのか。

 

その判断と行動によって、その後の人生が大きく変わってくるはずです。

 

少しでもあなたの未来がより良くなることを願っています。

 

痙攣性発声障害で声が出づらかった私が、症状改善のためにやっていたこと