知人の死から学んだのは、「心は身体を支配している」ということ

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知人の死から学んだのは、「心は身体を支配している」ということ

患者さんを観察してきた経験から、以前から私は「心は身体に強い影響を与えている」ということにうすうす気付いていました。

しかし、二十六歳の時に起きた、ある体験をキッカケに、この思いは次のようなものに変わりました。

「心は身体を支配している」

影響を与えているどころの話ではなく、身体のあらゆる反応は、心の在り方に支配されているのではないか?

私はそう考えるようになりました。

ピースサインと余命宣言

心は身体を支配しているのではないか。

そう考えるようになったのは、知人の死に直面したことがキッカケになっています。

プライバシーの問題があるので、詳細には触れませんが、私の知人(Aさんとしておきます)は、その当時、ある重い病におかされていました。
病名を聞けば、誰もが顔をしかめるような、重い病です。

そんな時、偶然にもAさんと会う機会がありました。

住まいが離れている事もあり、おそらく10年以上はお会いしていませんでしたから、最後に一目会えただけでも、運が良かったのかもしれません。

この時、その場には、Aさん以外に、私を含めた三人がいました。

全員Aさんが病気だという事を知っていたので、誰からともなく「身体の具合は大丈夫なの?」という話になりました。

その時にAさんが言った言葉、そして、誰もが子供の時から慣れ親しんでいる「あのジェスチャー」が今でも忘れられません。

Aさんは、おもむろに、ピースサイン(正確には数字の2を表すために)を私たちの前に突き出し、「後、これくらいかな・・」と言ったのです。

この時の様子は、なんというか、とても自然な立ち振る舞いに思えました。

「今、何時だっけ?」と聞いて、「2時だよ」と、答えるような感じです。

その場にいた三人には、一瞬、唖然としてしまって、その意味が分かりませんでした。
実際、時間が止まってしまったように、何秒間か無言になりましたから・・

しかし、そのジェスチャーと言葉が示していることは明らかでした。

Aさんは、私たちの目の前で「自分の余命を宣言した」のです。

強烈な思い込みは、寿命にさえ影響を与える

しばらくして、本当にAさんは亡くなってしまいました。

訃報を聞いて、もしやと思い日数を数えてみると、信じられないことに、あの日から「ちょうど二か月後」に亡くなっていました。

本当に宣言通りになってしまったのです。

それを知った時は、大きな衝撃を受けました。

常識的に考えて、素人に自分の余命が分かるとは思えないので、おそらく医師からの余命宣告を受けていたと考えた方が納得できます。

もちろん、余命宣告が悪いわけではありません。

それが現代の医療システムの在り方なのですから仕方ないでしょう。

しかし、問題はそこではありません。

私が恐ろしいと思ったのは、「余命宣告を信じ、それを周囲に宣言した人間が、本当にその通りになってしまったという点」です。

私は、Aさんが「後、これくらいかな・・」と言った時、その仕草があまりにも自然だった事が忘れられません。

まるで、誰でも知っている、当たり前の事を話すように、自分の余命を宣言したのです。

もし世の中に「呪い」というものが存在するのであれば、Aさんはあの時、「自分はあと二か月しか生きられないんだ」という呪いを、自らにかけてしまったのかもしれません。

治療家としての方向性が決まった

状況的には間違いないとは思いますが、今となっては、Aさんのジャスチャーや言葉が、本当に余命を宣言したものだったのか、正確なところは分かりません。

それに、ピッタリ二か月で亡くなってしまったのも、ただの偶然かもしれません。

しかし、その死が偶然なのか、ネガティブな思い込みから生じた必然なのか、どちらにせよ証明できないのであれば、私はこの時に感じた、「強烈な実感」を信じてみるのも悪くないのではないかと思ったのです。

繰り返しになりますが、その実感とは。
心は身体を支配しているということです。

当時は、独立に向け、自分はどんな治療家として生きていきたいのか?
どんなコンセプトの治療院を作りたいのか?

そんな自問自答を繰り返していた時期でしたが、この体験をキッカケに、「施術とは、身体はもちろん、患者さんの心に働きかけるものでなければならない」という思いが確信となり、「心という曖昧な存在に焦点を当てる治療院を作っていこう」という方向性が決まったのです。

おそらく、このような特殊な体験をした人間は、そう多くはないと思います。

しかも私は、日々、患者さんの心と身体と向き合っている治療家です。

元々、心は身体に強い影響を与えているということにも気づいていました。

そんな自分の目の前で、なぜ、このような出来事が起こったのか。

ふと、そんなことを考えた時。

全ての物事は必然だとする考え方は好きではないのですが、この体験に関しては、なんとなく必然性があったのではないかと、思ってしまう自分がいるのです。
(つくづく人間は、自分に都合が良いようにしか考えない生き物だなと思います・・)

青臭い話になってしまうのですが、なんというか、「徹底的に心と向き合う仕事をしなさい」と、背中を押されているような気がしたのです。

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